眼科医自ら近視矯正手術 LASIK(レーシック)を受けた話

return to home(眼科医大高功のホームページへ)


私、自ら近視矯正手術を受けました。はっきりいって、今、とてつもなくよく見えます。術前裸眼0.05と0.07であった視力が、いま裸眼で両方1.5ですから。乱視もまったくなくなりましたし。ほんま、現代の医学の進歩というか、テクノロジーの進歩というやつはすごいですわ。

中学一年で・・・・

私は、小学校のときは両眼とも裸眼で1.2ぐらいは見えていましたし、それが当然と思ってました。視力検査のとき、クラスに1人ぐらいいましたよね、0.1ぐらいしか見えない人。なんでこいつはこんなにみえへんのや、おかしいんちゃう か?と思っていました。しかし、中学一年の検診で、なんと、いきなり右0.2、左0.7。はっきりいって、かなりガーンときました。

もう半泣きで家に帰って、しばらくは親に隠していたのですが、いずればれることなので、一週間ぐらいたってから報告しました。そしたら親が "視力回復センター" なるものを探してきてくれたのです。毎日のトレーニングで近視が治る!! これを画期的と言わずして、なにを画期的と申しましょうか。

それからは、雨の日も風の日もそこに通いました。月謝一万円でした。20年前の1万円、はっきりいって、けっこうな値段ですよね。自分で金を稼ぐようになった今、身にしみてわかりますわ。親父、すまんかった。

視力回復センターは、20畳ぐらいのこぎれいなテナントでした。内容は、視力表にある穴あきの丸、すなわちスネーレン視力表の同じ大きさのものを8個円形に並べてあるボードが壁にかかっており、その中のひとつを30秒じっと凝視してから答え、それが合ってれば10センチぐらい椅子をバックできる。読めなければいすを前にする。で、次のを読む。そうやってどんどん後ろにさがっていき、部屋の一番後ろまできたら、そのシリーズは合格ということで、もっと小さな丸のシリーズにかえて、またいちばん前の位置から読み始める、といったものでした。

結果は................私は全くよくなりませんでした。そこのスタッフは真剣にやってくださってたし、私も真剣だったんですが、成長期のせいかどんどん視力が悪くなっていき、先週まで見えてた丸が一番前の位置でも見えなくなったりして、そこの若いきれいなおねぇさまに

おおたかくん、だめじゃないの!!

なんていわれ、思春期まっただなかの私はえらい恥ずかしい思いをしました。で、1年ぐらいやって、とうとうさじを投げてしまいました。

でも、そこで実際よくなってた人もいました。ごく初期の近視になら効くと思います。でも、本格的な近視には、理論的には効きません。その理由は後で書きます。

それから諦めてソフトコンタクトにしました。でも、眼に合わず、すごい充血して、うさぎさんのおめめになってしまい、それもやめてしまいました。

それからは、みづらいなぁ、と思いつつ、なんとなくそのままにしてました。めがねをかけるのがいやだったので、裸眼のままずっと生活してました。このころにはすでに両眼とも裸眼で0.1ぐらいになってましたので、いったいどうやって生活してたんでしょうか。ま、とりあえず黒板はぜんぜん見えなかったので、先生にあてられたときは本当に困りました。

「ずーっと前からなんにも見えてませんでした。すんまへん。」

とも言えませんしねぇ・・・・・・。

それからしばらくたち、高校時代、僕は画期的な製品に出会いました。それは、

"近視矯正用、穴あきめがね!!!!"

真っ黒な不透明のめがねに、無数の穴があいてます。これを一日何分かかけつづけているだけで近視を撃退できる。これを画期的といわずして、何を画期的といいましょうか。視力回復センターのように通わなくてもいいし、努力しなくてもいい。

早速通信販売で購入しました。9800円しましたが、これで近視が治るなら安いもんです。それからは、来る日も来る日もそのめがねをかけていました。

高校の休み時間にかけてたら、友達がみんな大笑いします。おおたか、おまえ、なにしとんのや、と。でも、なんだかんだいって、みんな興味津々です。なかにはふだん笑ってるくせに、こっそり、

「おおたか、それ、効いたら教えてな」

などといってくるなかなか要領のいいやつもいて、ちょっとした話題になってました。

少しでも効果をあげたい僕は、ついに授業中もかけ始めましたが、担任の先生の化学の授業のときに、先生から言われました。

「おまえ、なにしとんねん。俺を馬鹿にしとんのか!!」

僕はいい返しました。

「先生、ちゃいますよ。これかけてたら目ようなるんですよ!!」

あほ、といって頭しばかれました。そらそうですわね。授業してたら、後ろのほうで黒めがねかけたやつがおる。よく見たら、無数の穴があいてて、なんかハエの眼みたいなんですわ。

以降、授業中はやめたのですが、それ以外はいっつもかけてました。が、全くききませんでした。今考えたら、科学的根拠ゼロです。

それからも視力低下は進み、学校での視力検査がとても苦痛でした。しかも腹立つことに、うちの学校は、視力検査を図書館とかの薄暗いところでやるのです。

高2の視力検査のとき、あほな友達がいまして、そいつ、強度の近視なのですが、せめて0.1は見えたいと思い、視力表の一番上の3つを覚えよりました。で、さっそうと検査に臨みよりました。が、

「おまえ、視力どれぐらいや?」

「0.1ぐらいですね。」

「ほんなら、これ見えるか?」

「先生がどこ指したはるかわかりません。」

「0.0!!」

なんと、0.0たたきだしたやつもいました。

この頃、やはり生活が不便になり(当然じゃ!!!)、ハードコンタクトレンズを購入しました。今回は難なく快適に装着できました。この時数年ぶりにちゃんとした視力で見た桜の花のきれいさ、一生忘れられません。なんと、1枚1枚の花びらがはっきり見えるんです。近視のみなさん、わかってくださるでしょ、この気持ち。

しかし、近視を治す夢は捨ててませんでした。

その後、今度は画期的な本に出会いました。それは、ハロルド・ペパード先生の

"近視がどんどんよくなる"

これもトレーニングによって近視矯正をするというものです。でも、一週間ぐらいやったのですが、根本的な問題にぶちあたりました。それは、いくらトレーニングをしても、自分が今までしてたコンタクトレンズやめがねをかけると、もとのもくあみになるというのです。

めがねやコンタクトなしで半日も生活できないじゃないですか。寝る前にめがねを置いた場所さえ起きた時わからなくて畳をばんばんしてしまうぐらいなんですからねぇ。みなさんも経験おありでしょ。

それ以降、近視矯正の夢は諦めました。

今考えたら諦めて大正解です。近視の人は眼の奥行きが大きい。だから、ピントがあわないのです。カメラでいうと、レンズとフィルムの間が離れてしまって、フィルムより近くでピントが合ってる状態なんです。

眼科で白内障の手術の前に全員眼の奥行きの長さをはかるのですが、近視の人は面白いようにきっちり長い値が出てきます。調節する筋肉の問題じゃないので、どんなトレーニングをしてもなおりっこないです。

ただ、近視になりたてのころは、ピントをあわせる筋肉の一時的な異常でなってるのかもしれないし、近視になるメカニズムがはっきりしない以上、初期の頃ならトレーニングで流れを逆にひきもどせるかもしれない。そういう意味で、視力回復センターとか眼科でやってる視力回復のトレーニングは意味があると思います。でも、成長期終わったら絶対無理でしょう。構造の問題ですから。

いくらトレーニングしても爪の形は変わらないでしょ。耳の形も変わらないでしょ。それと同じです。もし20歳超えて、トレーニングで視力が回復したという人がいたら、ぜひ僕に教えてください。確認がとれたら、すぐ学会で報告します。これ、嫌味じゃなくて、本気です。

以降、コンタクトレンズを快適にやっていました。普段はハード、スポーツのときはソフト、という具合に。

サッカーをずっとやってるので、ハードでヘディングすると、すぐずれちゃうのです。ソフトを忘れたときは、ヘディングすると、ずれたコンタクトを直すためにその場でお休みです。それでオフサイドになってひんしゅくをかったりしますが。

医者になるときは、そんな経験もあって、眼科を選びました。

28歳の春、アメリカに留学する機会を得て、アメリカはマイアミで午前中は臨床、午後は研究、週末は海にいきつつ過ごしておりました。

しかし、なんかえらく眼が痛いのです。とてつもなく痛いので、コンタクトをはずしました。すると治りました。で、はめるとまた痛いのです。これはなんかおかしい、眼の病気に違いない(眼科医にしてこのレベル)。

アメリカで、眼の表面の疾患の治療で有名なDr. Scheffer Tseng (シェッファー ツェン)という先生の外来におじゃましてたので、その先生に診てもらいました。そしたら先生、えらいうれしそうに、

「Isao, you have dry eyes!!」

要するに、僕はドライアイの患者だというのです。シルマーテストといって、紙をまぶたで挟んで、5分間にその紙へしみこんだ涙の量を見ることによって涙の分泌量を測る検査があります。15mm以上が正常といわれてるのに、僕の場合、両眼ともたったの2ミリしかありませんでした。

もうほんとうにガーンときました。ぼくは病気になってしまったのです。いままでなんともなかったのに、ドライアイになってしまったのです。眼科医なのに、眼の病気になってしまったのです。しばらくコンタクトを諦めて、めがねで暮らしてました。

でも、長年コンタクトに慣れてたら、めがねって、けっこううっとおしいですよね。マイアミでゴルフなんかしたときはなおさらです。めがねが汗でぎとぎとになります。

ここから、マイアミで真剣に近視矯正手術を見始めました。近視矯正手術は、今はLASIK(レーシックと読みます)です。RKとかPRKとかありますが、どっちももう昔の技術なんで、忘れてください。例外的に、軽度の近視にminiRKというのをやったりしますが、基本的には、普通の近視にはLASIKだと思ってください。

LASIKとは、眼の表面の角膜というところを特殊なメスでうすくはいで、はいだところをレーザーでけずって角膜の形を変える手術です。はいだ角膜は当然もとにもどします。

見ると、LASIKの手術日には、1日で20人ぐらいやってしまうのです。ほいほいと。で、ほとんどみんなhappyになって帰っていきます。これや、と思いました。いい先生にLASIKやってもらえばいいんや、と。手術は日本の先生のほうがうまいので、日本でいい先生さがそ、と。

余談ですが、アメリカは先進的なことをやってますが、手術は絶対に日本の先生のほうがうまいです。どんな科でも。

坪田先生という、眼科医として世界的に有名な先生がいるのですが(現在慶応の眼科の教授!)、シェッファー ツェン先生がその坪田先生と大親友です。坪田先生は偶然僕の大学の先輩でもあるので、アメリカでかわいがってもらいました。

日本に帰国してから飲みにつれてってもらったとき、近視矯正手術受けたいなぁ、どこで受けたらいいのか先生知りませんか、と言ったら、一言、

「俺がやってやるよ。」..................

あれ、ちかくにおったな、ええ先生。

坪田先生が手術をやってらっしゃるのは、南青山眼科クリニックといって、東京の青山は青山学院大学のそばにあります。さっそくそこに見学にいってきました。

最初、値段が両眼で60万と聞いて、うぐ、と思いました。そのとき、留学帰りで、当座の生活費がそれぐらいあっただけなのです。しかもそのお金すら親父からの借金ときてましたから。

でも、これは自己投資や、近視が治ったら安いもんや、と考え、また南青山眼科クリニックは眼科医である僕から見てすべてがすごくしっかりしてたので、思い切って受けることにしました。

まず予約して術前検査です。ORTさんといって、眼科検査のプロに何度も何度も視力をはかってもらいました。万に一つも間違いが許されない、シビアな世界ですし。その日に手術の予約をして帰りました。

手術は坪田先生を信頼しきってたので、まったく心配ありませんでした。坪田先生は口も達者ですが、手術も超達者です。

着替えて、ベッドに横になって、点眼麻酔して、思いっきり開瞼器で眼を開かれて、まな板の鯉状態になります。で、吸引かけられて眼圧が上がって目の前真っ暗。

チュイーンと音がして、フラップ作成終了。坪田先生に"フラップばっちり"といわれて、すごくうれしかったです。それ以来、私も患者さんに手術するとき、いちいち"ばっちり"と声をかけてます。

余談はさておき、その後はlaserでのablation、すなわち削り、です。かんかんと音がして、laserの準備完了です。

「大高、上の緑の光見て。」

「先生、ぼんやりしてますけど。」

「それでいいからみといて。」

もう死ぬほど凝視しました。人生で一番物を真剣に見ましたね。

で、ablation開始です。機械よ、途中で機嫌悪くならんといてくれよ、と祈りました。カンカンカンカンと音がして、自分の角膜が焼ける匂いがします。爪を焼いたときの匂いですね。30秒ほどで終わりました。

これを両眼に一気にやってしまいます。この間、ほんとうに痛みは全くありません。しいていうならば、術野を確保するためにおもいっきり眼をあけるので、まぶたが重い感じするぐらいです。

術後、休憩室でじっと横になってます。まばたきして万が一フラップがとれたらえらいことなので、じっと眼を閉じていました。で、30分ぐらいしてから開けてみると、もうばんばんに見えるのです。びっくりしました。ほんとうにびっくりしました。隣のビルの人の顔がはっきり見えるんです。

付き添いがいればいいのですが、たいていの人は一人で受けにきます。私もそうだったので、軟膏でべたべたの眼をうっすらあけてまわりを見ながら、そろりそろりとタクシーに乗って家に帰りました。

家でもその日は眼を閉じてじーっとしてました。もうこのときには1.0ぐらいは見えてたでしょう。夜中に眼がさめて、"しまった、コンタクトいれたまま寝てしまった"とあせって眼に手を入れそうになったぐらいですから。

次の日に検査に行くと、両眼とも1.2でした。最高です。

実際は、あまりに急に見えが良くなったためか、疲れやすかったり、ときどきぼやっとしたりしますので、その日も休んで家でぶらぶらしてました。働こうと思ったら次の日から可能だと思いますが、見えもまだ安定しませんし、次の日に働くのは結構きついと思います。

術後、日一日と視力が安定してき、3日目ぐらいで視力も安定して、仕事とかもまったく問題なくなります。その後、半年ぐらいで完全に落ち着いたなと感じました。

手術は一生もんです。絶対に確実な施設と先生を選ばないといけません。もちろん、どんなとこでも95%ぐらいはうまくいくのかもしれない。しかし、あとの5%をどううまく治療するか、という部分で僕達医者は勝負してるのです。絶対に信頼できる眼科医にやってもらってください。 先生は日本眼科医会認定の眼科専門医ですか?と聞けばいいでしょう。

今は、現代のテクノロジーの進歩と坪田先生に感謝感謝の毎日です。私の姉貴も坪田先生のLASIKを受けて、"あんたが医者になって、はじめてありがたいと思ったわ"と感謝されました(^^)

mail: otaka@isao.com

return to home(眼科医大高功のホームページへ)